<オイルショックの知識>
2007/12/04 日記<オイルショック>
オイルショック
オイルショックは、1970年代に二度あった、原油の供給逼迫および価格高騰と、それに伴う経済混乱のことを指す。石油危機、石油ショック、オイルクライシスとも称される。
第一次オイルショック
1973年10月6日に第四次中東戦争が勃発。これをうけて10月16日に、石油輸出国機構(OPEC)に加盟のペルシア湾岸産油6カ国は、原油公示価格を21%引き上げと、原油生産の削減とイスラエル支援国への禁輸を決定。さらに12月には,翌1974年1月より原油価格を2倍に引き上げると決定した。アメリカと日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約|同盟関係にあった日本では、イスラエル支援国家とみなされる可能性が高く、急遽三木武夫副総理を中東諸国に派遣して日本の立場を説明して支援国家リストから外す様に交渉する一方で、国民生活安定緊急措置法・石油需給適正化法を制定して事態の深刻化に対応した。の推移。インフレ抑制のため1974年頃と1980年代初頭は高い金利になっている。
更に石油価格の上昇は、エネルギーを中東の石油に依存してきた先進国|先進工業国の経済を脅かした。日本でも、ニクソン・ショックから立ち直りかけていた景気を直撃。前年からの日本列島改造論|列島改造ブームによる地価急騰で急速なインフレーション|インフレが発生していたが、オイルショックにより相次いだ便乗値上げなどにより、さらにインフレが加速されることとなった。国内の消費者物価指数で1974年は23%上昇し、「狂乱物価」という造語まで生まれた。インフレーション|インフレ抑制のために公定歩合の引き上げが行われ、企業の設備投資などが抑制。結果1974年は-1.2%と戦後初めて、マイナス成長を経験し、高度経済成長がここに終焉を迎えた。*トイレットペーパーや洗剤など、原油価格と直接関係のない物資の買占め騒動(トイレットペーパー騒動)、デパートのエスカレータの運転中止などの社会現象も発生した。
この値上げが原因で個人消費が冷え込み景気を後退させる恐れがあるとして、一部から第三次オイルショックの発生を懸念する声がある。2007年現在も原油先物相場での原油価格が伸び続けており、1バレル100ドルを越えるのは時間の問題と言われている。
関連項目
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